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黒の正体
―うまい米は、風土と人の思いがつくる―
という言葉を耳にしたことがある。甲賀流忍者の里としても知られる滋賀県・甲賀市。300万年前は琵琶湖の底にあり、80万年の間に湖底に堆積した土は、ミネラルを多く含んだ粘土質の土壌で、おいしい農作物を作るのに最適な土壌と言われている。
そんな忍者の故郷で、忍者からインスピレーションを受けた古代もち米「黒影米」の生産に全精力を注がれている農家さんがいるのはご存じだろうか。
今回は、その当本人である「みのり産業」の青木勝美さんにお話をうかがった。味も、栄養素も、食べ方・育て方も、そして黒色の理由も―。今、まるで忍者のように神秘に包まれた黒影米の正体が明らかになる。
地元・甲賀で「黒影忍者」主役のストーリーを紡ぎたかった。
滋賀県・甲賀市は、県内でも米どころとして知られた地。ミネラル分が豊富な肥沃な土地と、古くから培われた米作りの伝統がある。この地域で作られる近江米が、国内で“最上級のおいしさ”との評価を得ているのは、そんな恵まれた自然環境と人の技があってこそなのだ。
そんな甲賀に“黒米しか作らない”という、よく言えば信念がある、悪く言えば変わり者の農家さんがいる。今回、お話をうかがった「みのり産業」の青木勝美さんだ。近江米を作っていれば安定した取引がある中で、なぜ“黒米一本勝負”にこだわられたのだろうか―。
「親父が白米の農家だった。でも、自分が継ぐとなったときに「もっとおもしろいことがしたい」と思って。そこで出会ったのが有色米だった。20年以上も前の話になるけど、当時は、有色米を作っている農家がほとんどなかった。だから、わざわざ東北から種もみを分けてもらって、緑米、赤米、黒米の3種類を筋状に植えた。ところが、緑米と赤米は思ったものが育たなくて。アントシアニンをはじめ、栄養成分が豊富に含まれる黒米を育てることにした」。
黒米を選んだのは、もうひとつの大きな理由がある。
「黒といえば何を想像する? そう、忍者や」。
甲賀市は忍者のふるさと。だから、真っ黒な黒米は忍者のパブリックイメージと親和した。
「小さい頃、『仮面の忍者 赤影』という特撮番組が放送されていて、忍者は僕ら世代のヒーローだった。赤影、青影、白影というキャラクターはいたが、黒影という忍者は登場しなかった。「それなら黒影を作ればいい」と思って、“甲賀忍者の黒影”を仲間入りさせた」。
黒くすることは、黒影米自体のクオリティを上げること。
しかし、希少な有色米を育てるのは苦労の連続だったという。そのひとつが気象条件だ。「黒米を育てる上でポイントになるのが、8月末~10月上旬にかけての「昼夜の気温差」。特に主成分のアントシアニンは、温度による影響が大きく、夏の高温期が過ぎて秋の始まりに気温が下がると着色が始まる。つまり、日中が暑く夜間が涼しい日が数日続くと、黒光りするような美しい色になり、栄養成分も豊富なお米になる。ところがこの黒米は、東北の気象条件に合わせて作られた品種だった。東北の9月は関西なら10月中旬の気候。関西の気象条件では、思い通りの黒が表現できなかった」。
黒=忍者、というストーリーから始まった黒影米だからこそ、青木さんの黒へのこだわりは途絶えることがなかった。そんな中、九州でも黒米の新品種が見つかったという情報が耳に入る。
「関西と気象条件は近いし、黒、つまりアントシアニンの乗りがいい。これだ・・・」
ついに理想の品種に出会った。だが、青木さんの探求心は留まらない。品種問題が解決されると、今度は、色の白い米が混じるのが気になってくる。そこで導入したのが、黒米専用の色彩選別機だ。
「当時、白米専用の色彩選別機しかなかった。そのため、黒米のみが選別できるようにガラス面にゴムを当てて選別していたが、どうしても白の米が混ざってしまう。黒へのこだわりから、妻が手作業でピッキングしたこともあった。近年は、黒米専用の色彩選別機が登場し、選別作業も幾分か楽になっている」。
8月の雨上がりの日。黒影米は正体を露にする。
黒影米の“さらに秀でた何か”とは、おそらく青木さんの土壌へのこだわりだ。
稲の病気や害虫対策として、一般的に農薬や化学肥料を使用する。しかし、「みのり産業」では、稲の自然治癒力を手助けする漢方を土壌に散布し、稲の持つ本来の生命力を引き出す。
「稲も人間も一緒。風邪をひいてから治療するよりも、風邪をひかないように根本を整えることが大事。漢方栽培は減農薬・減化学肥料にもつながっている」。
肥料の考え方も、稲を元気にするための「窒素」、茎を堅くするための「リン酸」、呈味性を高めるための「苦土(マグネシウム)」を補完する…という非常にシンプルなもの。窒素は人間でいうと肉とか魚、たんぱく質のような存在。稲を大きくするうえで欠かせない。リン酸は「実肥」とも言われ、植物の生育、枝分かれ、根の伸長などを促す役割がある。苦土成分は食物の味を決める。例えば、スイカやメロンが「甘い」「おいしい」と感じられるのは、苦土成分が豊富に含まれているから。黒影米の噛みしめるほどに広がる豊かな香り、風味にも直結している。これらをバランスよく補給して、栄養状態のいい田んぼにすることが、おいしく、品質の高い黒影米作りの基本になるのだ。
「土壌作りはもちろん、田植えから稲刈りまで、すべての工程において手を抜かない。それでもいちばん難しいのは、黒く仕上げること」。
勝負は、8月末~10月上旬の45日間。この期間の気温の変動が、色づき、おいしさ、そして栄養成分まで、すべてを大きく左右する。
「8月下旬くらいかな。雨が降ると籾殻が透けて、中が黒いのが分かる。雨がやんで、晴れて、稲が乾燥すると、また普通の籾殻に戻って、見た目は普通の白米と何ら変わらないのだけど。普段は正体を隠しているところも、ミステリアスで忍者っぽいやろ?」
黒影米を“甲賀の文化”として後世に残したい。
「誰が食べてくれているのか、想像しながら農作業をしている」。
その言葉をもう少し掘り下げるならば、きっと青木さんにとっての黒影米とは、自分以外の誰かに触れられ、食べられて、ようやくそこで完成するものなのだろう。
「ありがたいことに、黒影米を甲賀の文化にする動きがある。最近も、黒影米を近隣の小学校に提供し、教室を訪れた際に、「おいしい!」「忍者の米!」という声をもらったのが嬉しかった。また来年も頑張って育てようというモチベーションにつながる」。
また、青木さん個人としては、栄養成分豊富な黒影米を毎日のパートナーにしてほしいという願いがある。
「黒米に含まれる色素成分のアントシアニンは、抗酸化作用をはじめとする様々な機能を有することが知られている。また、白米に比べ、たんぱく質、カルシウム、アミノ酸、食物繊維も多く含まれていて、「薬米」と呼ばれ親しまれているほど」。
黒影米の正体を紐解くと、白米にブレンドする量によって、黒、紫、ピンク…と忍法のように色が七変化することに気付く。この特性を生かし、TPOや料理に合わせてブレンドする量を変えるのも楽しみ方のひとつだ。
「5年、10年、15年…と、日本の農業がどのように変化するか分からないが、この黒影米を後世に伝えないといけないというミッションがある。ありがたいことに息子が黒影米の生産に興味を持ってくれている。だからこそ、僕の思いを息子に引き継ぎ、これから先も目の行き届く範囲で黒影米を生産していきたい。確かに生産量は限られるかもしれない。でも、その希少な感じが逆に合っていると思う」。
黒の正体。それはアントシアニン。そして、その色を出すための青木さんの努力の証でもある。